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    <title>アイドルから遠く離れて</title>
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    <description>アイドルと哲学。</description>
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    <dc:date>2017-01-01T12:08:31+09:00</dc:date>
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    <title>ミュージックシーン、新しい世代への期待感</title>
    <description>あけましておめでとうございます。

この記事では、主にロックミュージックから見た音楽シーンの状況を見ますが、例えば芸能界とか、大物の訃報、世代間の格差などから見ても、「新しい」波をすごく感じます。そしてそれに筆者は希望というか、勝手な期待もするのもおこがましいんですが、暗いニュースが多い日本にいても...</description>
    <content:encoded><![CDATA[あけましておめでとうございます。<br />
<br />
この記事では、主にロックミュージックから見た音楽シーンの状況を見ますが、例えば芸能界とか、大物の訃報、世代間の格差などから見ても、「新しい」波をすごく感じます。そしてそれに筆者は希望というか、勝手な期待もするのもおこがましいんですが、暗いニュースが多い日本にいても、明るい面があるなぁと元気になった気持ちになります。それを、具体的に紹介してみたいと思います。<br />
<br />
■相対性理論とパスピエ<br />
<br />
　相対性理論というアーティストを知っている方は多いと思います。相対性理論は2006年に結成されたポップユニットバンドで、2008年にリマスタ発売された『シフォン主義』というクセのあるタイトルのミニアルバムが爆発的に広まっていきました。2ndを経て、2010年には一度聴いたら耳から離れなくなる「ミス・パラレルワールド」を含む『シンクロシニティーン』を発表し、その地位を確かなものとしました。<br />
<br />
LOVEずっきゅん（『シフォン主義』収録）<br />
<iframe width="600" height="338" src="http://www.youtube.com/embed/nFG4oQE1Et8" frameborder="0" allowfullscreen=""></iframe><br />
<br />
ミス・パラレルワールド（『シンクロシニティーン』収録）<br />
<iframe width="600" height="338" src="http://www.youtube.com/embed/t2nTZrPQFFc" frameborder="0" allowfullscreen=""></iframe><br />
<br />
　この２曲だけを聴いても分かるのですが、vocalのやくしまるえつこが醸し出すすごく虚脱感のある特徴のある声に、柔らかめのバンドサウンドが乗っているのが、相対性理論の音楽の特徴です。そして、何よりポップですね。<br />
<br />
　そんな彼らは現在に至るまでもＣＤを出したり企画ライヴをやったりと今でも活動は衰えません。<br />
<br />
　そして、もうひとつとりあげたいのが「パスピエ」というバンドです。こちらは2009年に５人で結成されたポップ・ユニット。2011年にインディーズレーベルから出された『わたし開花したわ』や2014年のメジャー2ndアルバム『幕の内IZM』がヒットし、若手アーティストの注目株として知られています。<br />
<br />
ハイパーリアリスト（パスピエ）<br />
<iframe width="600" height="338" src="http://www.youtube.com/embed/b54YUfZoPiU" frameborder="0" allowfullscreen=""></iframe><br />
<br />
　パスピエは成田ハネダというキーボーディストが中心となって、紅一点の大胡田なつきの高く甘い歌声がきれいに乗っかる、これまたポップ・ユニットです。つまり、違いはあるにせよ相対性理論とパスピエは共通点があります。音楽面で違う面がしっかりあるのですが、それは本記事にあまり関係ないので、記述は省いておきます。<br />
<br />
　では具体的には何が彼らを分かつメルクマールになるか？<br />
<br />
　相対性理論は少なくともデビューミニアルバム『シフォン主義』がそれこそ「資本主義革命」のようにそれまでの国内のミュージックシーンに彗星のごとく現れる新しいロックミュージックでした。そしてそれは００年代の後半に登場したということになります。<br />
<br />
一方、パスピエは筆者が「2010年代前半組」と呼ばれるアーティストたちと共に、ＣＤ屋やテレビチャンネルなどで広がっていきました。「2010年代前半組」というのは全くの独称ですが、2010年代、ONE OK ROCK、THE BOWDIES、back number、ゲスの極み乙女。、SHISHAMO、ヒトリエ、そしてパスピエといったすごく若い人たちが一気にロックの世界に参入し、若い世代の音楽の聴き手に受け入れられていきました。<br />
<br />
　まぁ、ゲスの極み乙女。は現在は問題を起こして活動休止ですが&hellip;。笑<br />
<br />
■寂しかった00年代後半と、2010年代前半組<br />
<br />
　さて、述べたいのはここからです。ここからは筆者の主観が多少混じりますので、客観的な記述を前半にしておきました。<br />
<br />
　2010年に突入したとたん、TOWER RECORDSなどで、知らない若そうなバンドが一気に増えてきたなぁ、と僕は感じました。というのは、00年代の後半（2005～2009）は、音楽的に少し寂しいシーンだったのです。<br />
　これはよく分からない。今や世界中の文化の発信地点となっているYoutubeやニコニコ動画などの動画サイトが台頭し、不況も手伝って、音楽を聴くということのスタイルが変わったせいかもしれません。特にそれが顕著に現れているのが海外アーティストの輸入面だと思いました。00年代で一番売れた若手のロックバンドは間違いなくArctic Monkeysだと思うのですが、アクモンが出てきたあと、後が続かない。アクモンほどわくわくさせてくれるような音楽を発信しているアーティストが見当たらない。国内の音楽も何か閉塞しているようで、音楽的にはちょっと危ない時代だったのかなと思います。<br />
<br />
　（余談ですが、僕は文化や世代論をみるときに、5年間という区切りを重要視します。５年で区切るととても特徴的なことが幾つも浮かび上がるので&hellip;&hellip;）<br />
<br />
　だから、2010年代以降に注目されたアーティストの多さにはびっくりしました。相変わらず海外のバンド状況はよく分からなかったけど、特にゲスの極み乙女。やワンオク、アレクサンダースらの取り上げられ方がすごいなぁと思っていました。<br />
<br />
　僕は89年生れで、90年代の音楽をけっこう愛好しているので（笑）、2010年代にゲス極みやSHISHAMOなどのアーティストが紹介されても、なかなか手につきませんでした。暇もないし&hellip;&hellip;それにYoutubeの関連検索でひっかかることが多かったです。そこにはレンタル屋に行ってうーんと商品を眺めて選んで帰って歌詞カードを開きながらＣＤを聴いて「発見する」という手間がかかってないので、何か思いが足りないのです。<br />
<br />
　しかし、最近はゲス極みやパスピエなどもだんだんと聴き始めて、すごくいいじゃん！て思ったんです。<br />
<br />
　さきほど、相対性理論とパスピエの比較をとりあげましたが、相対性理論がバンドの志向としてどちらかというとゆったりとしてだるい感じの音楽で、そこに技巧性はあまり絡んでいないのに対し、パスピエは非常に音楽的にレヴェルが高く、キーボードのセンスやバンドとしての一体感や、個々の演奏者の技術がすごく高いんです。<br />
　そしてそれは2010年代前半組の全てに言えることだと思う。<br />
<br />
最近のバンドは、どれをとっても演奏が格段に巧い人たちが多いんです。これは、音楽が昔に比べてずっと「演奏しやすくなった」ことがだいぶ大きい。エレキギターなどは安くなり、さらに「歌ってみた」「弾いてみた」投稿などの影響で、音楽が世界から世界へ伝わるのが尋常でないくらい早くなった。練習もはかどるし、よりよい音楽を作るための素地ができあがったと思うんです。<br />
<br />
　だから、2010年代前半組には、期待しちゃいます。センスが多いバンドが多いし、技術もある。そこに、もっと大きな経験値だとか、それが加われば、もっともっとロックミュージックは「進化」するのかなと思います。僕は、一時期（00年代後半期）、ロックが元気ないな～とけっこう本気で寂しがっていたので、嬉しい状況になったと思います。パスピエやSHISHAMOなどはメディアにも好意的に取り上げられることが多いと思いますが、それだからというのではなくて、本当にいいアーティストになっていく人たちが多いです。<br />
<br />
　ロックの「進化」を、これから目の当たりにしていきたいです。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
]]></content:encoded>
    <dc:subject>サブカルチャー</dc:subject>
    <dc:date>2017-01-01T12:08:31+09:00</dc:date>
    <dc:creator>みすてぃ／あいまい</dc:creator>
    <dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
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    <title>深川麻衣　写真論</title>
    <description>５月にBABYMETALの記事を書いてからずっと更新していなかった。申し訳なく思う。

深川麻衣　写真論
&amp;amp;nbsp;

写真集「ずっと、そばにいたい」（2016年6月9日、幻冬舎）

乃木坂46の最年長メンバーであった深川麻衣は、グループ１３枚目のシングルとなる「ハルジオンが咲く頃」のセンターを務...</description>
    <content:encoded><![CDATA[５月にBABYMETALの記事を書いてからずっと更新していなかった。申し訳なく思う。<br />
<br />
<span style="font-size: large;">深川麻衣　写真論<br />
<span style="font-size: 14px;">&nbsp;<br />
</span><a target="_blank" href="//idolphilosophia.dou-jin.com/File/fukagawa.jpg" title="" style="font-size: 14px;"><img src="//idolphilosophia.dou-jin.com/Img/1478125429/" alt="" /></a><span style="font-size: 14px;"><br />
</span>写真集「ずっと、そばにいたい」（2016年6月9日、幻冬舎）<br />
<br />
<span style="font-size: 14px;">乃木坂46の最年長メンバーであった深川麻衣は、グループ１３枚目のシングルとなる「ハルジオンが咲く頃」のセンターを務めた後にグループを卒業した。その後どうなるかと一部で危ぶまれていたものの、無事に芸能事務所に所属することが決まり、今後は女優業などを視野に入れて活動する予定だという。</span><br />
<span style="font-size: 14px;">　初のソロ写真集でもあった「ずっと、そばにいたい」の発売日が６月９日で、彼女の卒業コンサートはそれ以降だっと思われるが、どちらにしても卒業時期に間に合わせた形のようだ。さて、改めて問おう。深川麻衣は、どのような存在であったか。乃木坂メンバーの一員として。聖母。同じ名前を持つ白石ほどには強烈な鮮やかさがあるわけでは決してなく、実に柔らかな、穏やかな美しさとでもいうべき美点ーーそれは彼女が雰囲気として身にまとっているものでもある。強烈な個性を発揮する生田絵梨花や松村沙友理のように自己主張をするわけではない。優しい、優しさの象徴としての聖母ーーグループの年長の者として、さらに白石とも橋本とも少し違うアプローチで、後援としてグループを暖かいオーラで包むような、そんな力を彼女は知れずと発揮していたに違いない。</span><br />
<br />
<span style="font-size: 14px;">　「ずっと、そばにいたい」はそういう意味でも個人としての深川麻衣に焦点を絞った、貴重な写真集である。写真家の細居幸次郎の実に美しい色彩配置に思わず見惚れてしまう。たとえば透き通るような青の海水に足をつける深川は真っ赤なドレスを着ており、海水から浮き出た岩には緑々しい苔が生えている。青、赤、緑という色のシンプルさは彼女と風景をいっそう映えるシンプルさへと引き出す。写真集の表紙の正面顔のアップなど、怖いまでに美しく、そして可愛い。妖艶な一枚もある。「ずっと、そばにいたい」では様々な色と場所で構成された空間の中で、彼女の率直で人間らしい表情が巧みに撮られている。</span><br />
<br />
<span style="font-size: 14px;">　深川さんは、乃木坂の中でも相当な優等生であった。優等生のまま、今後の芸能活動に邁進してもいいし、なにごとかにつけドラマーー喜劇か、それとも呼ばざる悲劇かーーを欲望する現代社会に引きずられて「おもしろい」人生を辿るかもしれない。しかしどちらにせよ、それらをしっかり生き抜くための力と経験を、五年に渡る乃木坂46の活動の中ですでに彼女は手にしているのである。</span><br />
<span style="font-size: 14px;">　ハルジオンが咲く頃、彼女の微笑みもまた増す頃ーー。　　</span>misty<br />
<br />
<iframe width="600" height="338" src="http://www.youtube.com/embed/gyMRE6jijEI" frameborder="0" allowfullscreen=""></iframe><br />
</span>]]></content:encoded>
    <dc:subject>アイドル</dc:subject>
    <dc:date>2016-11-03T07:49:14+09:00</dc:date>
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    <title>BABYMETAL「METAL RESISTANCE」感想</title>
    <description>

　２０１６年４月に満を持してリリースされたBABYMETALの2ndアルバム「METAL RESISTANCE」は、まず興行的に大成功を収めたと言えるだろう。日本発出の海外輸出という長らくの夢は、このBABYMETALが先陣を切ることになった。全英、全米、全豪などで売れるというのは、僕が当時熱心...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<iframe width="600" height="338" src="http://www.youtube.com/embed/GvD3CHA48pA" frameborder="0" allowfullscreen=""></iframe><br />
<br />
　２０１６年４月に満を持してリリースされたBABYMETALの2ndアルバム「METAL RESISTANCE」は、まず興行的に大成功を収めたと言えるだろう。日本発出の海外輸出という長らくの夢は、このBABYMETALが先陣を切ることになった。全英、全米、全豪などで売れるというのは、僕が当時熱心に記録を確認していたRadioheadの（僕なりの）再来のようなものである。もちろん音楽性は全然違う。「METAL RESISTANCE」は輝かしい1stよりもどちらかというと保守的で、王道なサウンドが多い。それだけに、ライブの定番となっていきそうな曲ばかりでもある。<br />
<br />
　今回の曲の中で一番ハマったのは「KARATE」。PVが出たときから、その色彩構成に目を奪われた。1stのBABYMETALはメギツネや紅などで、赤と黒という対比を基調としていたように思われるが、KARATEのPVの色彩はもっとダークで、暗闇に塗られている。その中で、２番サビが終わったあとの、闘いの合間の静けさのような密度は、映像としても面白かった。<br />
<br />
　１曲目の「Road Of Resistance」はアルバムコンセプトの核となる曲だが、この曲を改めてアルバムを通して聞くと、思わず泣きそうになる。この曲のパワーが今回のアルバムの全てであると言えよう。<br />
<br />
目玉の曲は、４曲目の「ヤバッ！」であった。歌の「違う　違う」と連呼するところは狂気じみているし、迫るような圧迫感がある。ライヴでむちゃくちゃになりたいと思った（笑）<br />
<br />
　今回は、後半の曲は失速気味かと思う。印象も薄い気がする。ラストのTHE ONEはPVが素晴らしいが、あとはSis.Angerなどをのぞくと曲名が思い浮かばない。<br />
<br />
　とは言え、Road Of Resistanceで彼女たちとともに拳をふりあげ、大合唱をする、しかもイギリスの聖地、ウェンブリーのような処で&hellip;&hellip;　彼女たちは本当に歴史を作ってしまった。<br />
<br />
misty]]></content:encoded>
    <dc:subject>アイドル</dc:subject>
    <dc:date>2016-05-03T05:06:30+09:00</dc:date>
    <dc:creator>みすてぃ／あいまい</dc:creator>
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    <title>欅坂、サイレントマジョリティ</title>
    <description>


　欅坂46の「サイレントマジョリティ」にどハマりしてしまった。また、ＭＶも素晴らしいと思う。

　ＭＶに関しては、現在改装中の渋谷駅も使用しているようだが、照明がすごい。イメージカラーの映える緑色の清楚な制服に、青や黄色などの信号、紫などの緊張感とハリのある色が彼女たちをコマ切れに映していく。...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<iframe width="400" height="225" src="http://www.youtube.com/embed/DeGkiItB9d8" frameborder="0" allowfullscreen=""></iframe><br />
<br />
<br />
　欅坂46の「サイレントマジョリティ」にどハマりしてしまった。また、ＭＶも素晴らしいと思う。<br />
<br />
　ＭＶに関しては、現在改装中の渋谷駅も使用しているようだが、照明がすごい。イメージカラーの映える緑色の清楚な制服に、青や黄色などの信号、紫などの緊張感とハリのある色が彼女たちをコマ切れに映していく。<br />
　ダンスもいいと思う。奇抜で、とても印象のある動きだ。<br />
<br />
　僕は、これまで欅坂にまったくといっていいほど注目していなかったが、YoutubeにサイレントマジョリティのＭＶが現れてから、ただのリピーターになった（笑）　<br />
歌詞がものすごくいいのだ。それは姉グループの乃木坂46の「制服のマネキン」との対比を明らかにおもわせる（ＭＶの作りもそうだが）。<br />
　サイレントマジョリティという政治学の用語、特に２番からの「どこかの国の大統領が～」のくだりなど、社会に対する意識は、歌い手である欅坂46が決してそれを意識していなくても、歌のメッセージとして強く規定され、若者や働いている人たちに届けられる。<br />
<br />
　サビの構成はすさまじい。平手友梨奈が真ん中の道の後ろからまくしたてるように歌って前へ進み、彼女たちは切なる顔で「僕らは何のために生まれたのか？」と歌う。<br />
<br />
君は君らしく生きていく自由があるんだ<br />
大人たちに支配されるな<br />
夢を見ることは時には孤独にもなるよ<br />
誰もいない道を進むんだ<br />
この世界は群れていても始まらない<br />
<br />
　多様性のベクトルと、近年日本の政治面などに見られる一極化との狂乱的な争乱のなかで、彼女たちはマイノリティたちの存在に光を投げかけようとする。サイレントマジョリティは声をあげない大多数の者たちを認めるのではなく、たとえ自分たちが少数のものであると自覚しても声を高らかにあげていこうと呼びかけているのだ。<br />
<br />
　若干１４歳、中学生でセンターを射止めた平手友梨奈さんには魅了されてしまった。彼女が歌う「山野手線」も非常によい。<br />
<br />
　デビューシングルで見事に快挙をかざった彼女たちは、どこまで進むのだろうか。とても楽しみだ。<br />
<br />
（みすてぃ）<br />
<br />
<br />
]]></content:encoded>
    <dc:subject>アイドル</dc:subject>
    <dc:date>2016-04-11T22:42:21+09:00</dc:date>
    <dc:creator>みすてぃ／あいまい</dc:creator>
    <dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
    <dc:rights>みすてぃ／あいまい</dc:rights>
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    <title>性は生政治である</title>
    <description>性は生政治である
&amp;amp;nbsp; 
　堀江有里の『レズビアン・アイデンティティーズ』（2015、洛北出版）を読んでいると、「個人的な事柄は政治的なことがらである」というフェミニズムの第一スローガンを想起せずにはいられない。個人的な事柄と政治的な事柄、あるいは性と政治の関係を語り、暴いていくのがフェミニ...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p class="MsoNormal">性は生政治である</p><br />
<p class="MsoNormal"><span face="ＭＳ 明朝, serif" style="font-family: 'ＭＳ 明朝', serif;">&nbsp;<img src="//idolphilosophia.dou-jin.com/File/5716f9b1.jpeg" alt="" /> </span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span face="ＭＳ 明朝, serif" style="font-family: 'ＭＳ 明朝', serif;">　堀江有里の『レズビアン・アイデンティティーズ』（2015、洛北出版）を読んでいると、「個人的な事柄は政治的なことがらである」というフェミニズムの第一スローガンを想起せずにはいられない。個人的な事柄と政治的な事柄、あるいは性と政治の関係を語り、暴いていくのがフェミニズムであり、ジェンダー学であり、クィア理論である。そしてそこには堀江がタイトルとして選んだレズビアン・「アイデンティティ」、自己に関する同一性、すなわち主体の問題が切って切り離せない。性・主体・政治はここにおいて同一の広大な平面に連なるのである。</span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span face="ＭＳ 明朝, serif" style="font-family: 'ＭＳ 明朝', serif;">&nbsp;</span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span face="ＭＳ 明朝, serif" style="font-family: 'ＭＳ 明朝', serif;">　あるいは、フーコーの後期理論を吟味したラディカル・フェミニストのジュディス・バトラーの議論を思い出してもよい。彼女の最も重要な書物は『自己自身を説明すること』である。英語のタイトルではGiving an account of myself.　とある。自己を表明するときに、性的自認・認識はしばしば切り離せない事柄であり、そしてそれは深く私たちの「生」を規定している。そのとき、この性・主体そしてそれらの動態を連ねる平面の名は、〈生政治〉であることが分かるだろう。〈性の政治〉は、とりもなおさず「生政治」なのである。</span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span face="ＭＳ 明朝, serif" style="font-family: 'ＭＳ 明朝', serif;">&nbsp;</span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span face="ＭＳ 明朝, serif" style="font-family: 'ＭＳ 明朝', serif;">　ミシェル・フーコーはコレージュ・ド・フランス講義録の第八巻において、『生政治の誕生』という風に一連の講義に名前をつけた。その問題意識は、一昨年の『社会は防衛しなければならない』、そして一昨年の『安全・領土・人口』から続いている。そして『安全・領土・人口』において、フランスの農作物の政策に関して、ケネーをはじめとする理論家を登場させつつ、「人口 population　としての人民」という概念が登場したことをフーコーは明らかにする。つまり、名前を持たぬ「数」としての人民が、農作物の政策を論じるにあたり、議論の俎上に乗りはじめたというわけだ。この名前を欠いた「人口」は、翌年拡大されることになる〈生政治〉という考えの最も重要な鍵概念であった。そしてこの人口と、圧倒的に抽象的で、私たち個々人の具体的な生を粗くする「性」という概念には、共通点がある。</span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span face="ＭＳ 明朝, serif" style="font-family: 'ＭＳ 明朝', serif;">&nbsp;</span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span face="ＭＳ 明朝, serif" style="font-family: 'ＭＳ 明朝', serif;">　「性」は、近代以降は、圧倒的にマス・メディアとの関係でその舞台を演じることになる。「広告」や映画、ポスター、小説、文学作品などはその典型である。性はメディア表象との関連なしに語ることはできない。というより、「性」は、性への「認識」の在り様なのである。反対にいえば、性は実在するのかもしれないが、その実在性がどうでも良いと思えるような時代も確かにあったのである。しかし、メディアが登場して以降、特に恋愛というイデオロギーを通じて、性別は意識され、自ら意識するような対象になった。その対象は私たちでもある。そして、家父長制に見られるような男―女の性別二元論は、明らかに時代的なものでしかないのである。</span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span face="ＭＳ 明朝, serif" style="font-family: 'ＭＳ 明朝', serif;">&nbsp;</span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span face="ＭＳ 明朝, serif" style="font-family: 'ＭＳ 明朝', serif;">　「性」は私たちにもっとも身近なものであり、またもっとも遠いものでもある。もっとも身近なのは、「性」は私たちの身体に関することだからでもあり、もっとも遠いのは、それが認識作用であることからきている。ミシェル・フーコーは最後の書物『性の歴史』シリーズを、イギリス王朝の性生活の記述から始めたが、ジュディス・バトラーやジョルジョ・アガンベンを通して、また戻ってくるべきところも、性の政治、すなわち〈生政治〉の探究なのである。</span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span face="ＭＳ 明朝, serif" style="font-family: 'ＭＳ 明朝', serif;">&nbsp;</span></p><br />
<p class="MsoNormal"></p><br />
<p class="MsoNormal"><span face="ＭＳ 明朝, serif" style="font-family: 'ＭＳ 明朝', serif;">みすてぃ</span></p><div></div>]]></content:encoded>
    <dc:subject>哲学</dc:subject>
    <dc:date>2016-02-19T04:35:26+09:00</dc:date>
    <dc:creator>みすてぃ／あいまい</dc:creator>
    <dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
    <dc:rights>みすてぃ／あいまい</dc:rights>
  </item>
  <item rdf:about="http://idolphilosophia.dou-jin.com/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E6%8E%A5%E7%B6%9A%E3%81%A8%E5%88%87%E6%96%AD%E3%81%AE%E3%81%82%E3%81%84%E3%81%A0%E3%82%92%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B">
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    <title>接続と切断のあいだを考える</title>
    <description>
以下は、千葉雅也『動きすぎてはいけない　ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』の「序――切断論」の箇所を精読して書かれたエッセイである。


　接続と切断のあいだを考える――千葉雅也「序―切断論」『動きすぎてはいけない』　みすてぃ
&amp;amp;nbsp;
　千葉雅也『動きすぎてはいけない』の序論にあたる「序――...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<br />
以下は、千葉雅也『動きすぎてはいけない　ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』の「序――切断論」の箇所を精読して書かれたエッセイである。<br />
<br />
<br />
<p class="MsoNormal"><span style="font-size: 12.0pt;">　接続と切断のあいだを考える――千葉雅也「序―切断論」『動きすぎてはいけない』　みすてぃ<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US" style="font-size: 10.5pt;">&nbsp;</span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span style="font-size: 10.5pt;">　千葉雅也『動きすぎてはいけない』の序論にあたる「序――切断論」は、同書の十分すぎる入口として設定されている。序論で既にあまりに多くのことが語られるのだが、読者はそれを浅田彰的な「スマートな」態度でもってして読まざるをえない（序論でつっかかっては中々全体を通読できそうもないから）。しかしその点は置くとして、本稿ではこの論文で提示される「非意味的切断」と命名された概念を、千葉氏の議論からは逸脱して考えてみる。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span style="font-size: 10.5pt;">　ちなみに、この「非意味的切断」の重要性を論じることこそがこの「切断論」の要であり、同時に本書を読み進める大きな鍵ともなっている。「非意味的切断」とは言うが、要するにもっとあっさり言っても、「理由・根拠なくしての切断／シャット・アウト」である。そして、千葉氏は、この理由なくしての（唐突な・無根拠な）切断こそが、重要な哲学的概念になりうると主張している。それはどのような文脈においてだろうか。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span style="font-size: 10.5pt;">　とりもなおさずそれはドゥルーズ＋ガタリが「リゾーム」という概念で提示したような、「接続過剰になってしまう」「誤った」リゾーム理解の側面を現わしている。リゾームとは地下茎のことで、この地下茎が何でもかんでも結びつけたり、逆に分離＝離散させたりするといった感じのことである。ドゥルーズ＋ガタリの「リゾーム」の概念は現代社会を生きる私たちにとって何となく分かりやすい。要するに、なんでもかんでもあらゆることが結びついてしまえるような、そんな危険なカオス状態をイメージすればよい。昨日食べた晩御飯と、今日の睡眠時間と、明日の残業時間への不安と、子どものテレビゲームのやりすぎ問題と、夫の無言が多すぎる問題と、浜崎あゆみの曲とが、頭の中、身体の中でごっちゃになっていて、そのごっちゃになったままを生きていくのが現代の生活&hellip;&hellip;これだけでも何となくイメージは掴めてもらえるだろうか。千葉氏の「序――切断論」を読んだとき、実は僕は自分個人の生活レベルで、とてもほっとしたのである。というのは、そのような、何でもごっちゃにしがちな思考と、だらしのない身体に対して、千葉さんは、「シャット・アウトが大事だ！　もっと風通しをよくしろ！」と言っているように聞こえたのである――実際、この「非意味的切断」の概念の「おかげで」、僕は非常に救われた。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span style="font-size: 10.5pt;">　話が逸脱してしまったが、こういう風に、主体のレベルにおいても、それから複雑な構成を成している社会構造の中身においても、「絶えず接続しあってしまう」ような「過剰接続状態」は、ドゥルーズ＋ガタリのいうリゾームの適切な理解ではないとし、彼らは接続と同時にちゃんと切断も語っていたではないか、と千葉氏は補足する。そして、むしろこの「接続と切断」のうちの「切断」へと一気にアクセルをかけることによって、千葉氏の「切断論」はドゥルーズ哲学から一歩踏み出した独自の哲学観念足り得ていると僕は思う。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US" style="font-size: 10.5pt;">&nbsp;</span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span style="font-size: 10.5pt;">　さて、この理由なし・の「非意味的切断」だが、切断に意味が伴っていないケースが想定されるなら、接続にもそうあってしかるべきではなかろうか？　すなわち、非意味的接続&hellip;&hellip;。むしろ僕は、この「関係を構成する原理」の接続と切断を、「非意味的」接続と切断と議論の重点をすり替えてしまえることを考えたい。万物の関係は、理由なしに・無根拠に、接続されたり、切断されたりする、ということ――。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span style="font-size: 10.5pt;">　このラディカルにも取れる発想は、２０１６年の今、カンタン・メイヤスーの『有限性のあとで』が日本で敢行された今、別段新しくもないだろう。といって僕はまだこの『有限性のあとで』の邦訳に目を通していないのだが、メイヤスーの論文や日本の哲学者たちの対談のレベルで窺い知れる情報からすると、先ほどの議論はメイヤスーの哲学とも通じるところがあると思う。しかしその細かいところは、本を読んでみないと僕にはまだ何も言えない。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span style="font-size: 10.5pt;">　ある物の構成が、理由もなく突然成立したり、かと思えば分解したり、という状況は、正直非常に迷惑ではある。ヒュームの分離＝解離主義（『動きすぎてはいけない』第二章「関係の外在性――ドゥルーズのヒューム主義」参照）の極端なバージョンのようでもある。さすがに世界はこれでは安定しないから、何かそこに安定＝事物を和解させるためのシステムが差し込まれる／差し込む&hellip;&hellip;といったようにも妄想できてしまう。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span style="font-size: 10.5pt;">　ここで大事なのは、この思考実験によって分かることは、「別段、事物の関係原理の発生を、根拠・理由なしにしても、そこまで（理論的に）問題がない」ということである。先ほど述べたように、事物の構成が本性上――この言葉を使うのには慎重を要するが――不安定なものだとして、それを何らかの形で調停＝和解させてしまう安定システムの原理を考えればよい。それは例えばドゥルーズの「反復」や「ハビトゥス」といった説明で既に成されているような気がするのだ。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></span></p><br />
<p class="MsoNormal"><span style="font-size: 10.5pt;">　したがって本エッセイでは、「非意味的」接続「と」切断、という概念も、さしあたって大きな問題はなく考えられると思う。千葉氏は同書で「シャープさ」等といった形容を駆使して、自身の切断論に深みを加えていたので、この「非意味的接続／切断」も何らかの形で内容を豊かにしなければならないのだが、とりあえずこのあたりで筆を置くことにしよう。<br />
<br />
misty（了）<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></span></p>]]></content:encoded>
    <dc:subject>哲学</dc:subject>
    <dc:date>2016-02-06T06:55:39+09:00</dc:date>
    <dc:creator>みすてぃ／あいまい</dc:creator>
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    <dc:rights>みすてぃ／あいまい</dc:rights>
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    <title>みすてられたものたち――あヴぁんだんどと僕の思い出</title>
    <description>
　あヴぁんだんどというアイドルグループは、確か去年（2014年）の初夏ごろに産声を上げた。当時、日本の批評・思想界ではわりと有名な濱野智史さんが手がけるアイドル、ＰＩＰというのが巷では話題になりつつあった。一人の批評家が彼の独自のアイドル観念、理念＝哲学をもとに、AKB48に対抗するアイドルグルー...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<iframe width="400" height="225" src="http://www.youtube.com/embed/8c1H2ZShoFs" frameborder="0" allowfullscreen=""></iframe><br />
　あヴぁんだんどというアイドルグループは、確か去年（2014年）の初夏ごろに産声を上げた。当時、日本の批評・思想界ではわりと有名な濱野智史さんが手がけるアイドル、ＰＩＰというのが巷では話題になりつつあった。一人の批評家が彼の独自のアイドル観念、理念＝哲学をもとに、AKB48に対抗するアイドルグループを生産しようとしていたからであった。<br />
　ふと、彼の手による第二弾のアイドルグループが出来たとTwitterかなにかで見かけた。なにやら、星なゆたという人が、「今日濱野さんからカフカの「掟の手前で」を教わった～」などと呟いているではないか！　僕は咄嗟に彼女にリプライを送ったら、それが数分後に返ってきた！　星さんの妙な人懐っこさ！　びっくりしてしまった。そうだこの頃は、メンバーそれぞれがほとんど全ての人にリプを送って、これアイドルなのか？　と思ってしまうくらい楽しい時期だった。<br />
　一ヶ月くらいすると、何やら彼女達は困っていた。Twitterでなゆたと会話をしていると、どうも当のプロデューサー濱野智史に飽きられたっぽいのである。「飽きられた&hellip;&hellip;？」　僕は不思議に思った。しかし、確実にメンバーたちが濱野智史の名前を出す機会は減り、どうやら彼女たちはまたく０となった地点からアイドル活動をたちあげていくみたいだった。<br />
<br />
　さて現在、あヴぁんだんどは小さいながらも東京で必死こいて活動している。実はこんなに思い入れのあるグループなのに、僕は一度も彼女たちに会ってないのだ（早く会いたい）。全国雑誌のBUBUKAにもロングインタビューが載ったし、ＣＤは２枚リリースしているし、さぁこれから！もっともっと！というところだ。2015年は、アイドルグループとしていい地点までたどりつけた、しかしこれからも油断がならない年であったのだろう。彼女たちはいつも本気だ。<br />
<br />
　誰が一番好きかと問われたら、かなり返答に困ってしまう。東雲さんの奇妙奇天烈っぷりも面白いし、うさべには才能が爆発しているし、なつきちゃんは僕は一番かわいがっている（）し、星なゆたはミスidのセミファイナルまで進出してあヴぁんだんどの中でも他のメンバーよりちょっとだけ前に行っている。ふかしぎくんとしてＤＪの活動もしているようだ。<br />
<br />
　また、あヴぁんだんどを語るには欠かせない、今はなきメンバーもいた。僕にとって何より思い入れが在るのはあんずちゃんだ。あんずちゃんは五人になったときも背の高さからか可愛さからかとにかくよく目立ち、「あヴぁんだんどの華」のポジションにいた。<br />
<br />
あヴぁんだんどの周りのファン、関係者、対バンするアイドルグループ、あヴぁんだんどに関わっていくすべての人たちがおなじひとつの幸福に包まれるような、そんな存在になりつつある。あヴぁんだんどは確かに個人個人の才能はまだ飛びぬけたものではないかもしれないが、周りがいつも支えてくれる。周りに支えられて、愛されて、彼女たちは愛を世界に送り届ける。<br />
<br />
あヴぁんだんどはこの後の日本のアイドル界に大きな衝撃をあたえることができるだろうか。BiSが解散したその日に産声をあげたこのあヴぁんだんどは。<br />
<br />
まだ駆け出したばかりだ。ジェットコースターの岐路は長い。　　　misty&nbsp;]]></content:encoded>
    <dc:subject>アイドル</dc:subject>
    <dc:date>2015-12-29T08:36:44+09:00</dc:date>
    <dc:creator>みすてぃ／あいまい</dc:creator>
    <dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
    <dc:rights>みすてぃ／あいまい</dc:rights>
  </item>
  <item rdf:about="http://idolphilosophia.dou-jin.com/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%AB/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%AB%E5%93%B2%E5%AD%A6%E5%BA%8F%E8%AA%AC%E3%80%80%E8%8D%89%E7%A8%BF%EF%BC%88%EF%BC%91%EF%BC%89">
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    <title>アイドル哲学序説　草稿（１）</title>
    <description>　アイドル哲学序説

はじめに　オタク的主体？
　アイドルの現場――専用劇場からドームコンサート、握手会といったイベントまで――ではいったい何が起こっているか。それを本稿は現象学的に読み解こうとするものである。その際、二つの主体が問題となってくる。一つはアイドルの主体（アイドル的主体）、もう一つはオ...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p class="MsoFootnoteText">　アイドル哲学序説</p><br />
<p class="MsoFootnoteText"></p><br />
<p class="MsoFootnoteText">はじめに　オタク的主体？</p><br />
<p class="MsoFootnoteText">　アイドルの現場――専用劇場からドームコンサート、握手会といったイベントまで――ではいったい何が起こっているか。それを本稿は現象学的に読み解こうとするものである。その際、二つの主体が問題となってくる。一つはアイドルの主体（アイドル的主体）、もう一つはオタク・ファンの主体である。本稿での議論の半分をアイドル的主体にあてるものとして、ここでは簡単に後者のオタク的主体について触れておく。</p><br />
<p class="MsoFootnoteText">　そもそも、オタク的主体という言葉が成り立つのか。すなわち、オタクに主体性はあり得るのか。彼らは極めて欲望に従って、各々の利害関心の及ぶところだけで動いているように思われる。好きなメンバー、好きなグループしか応援しないし、お金を落とさない。逆に、大好きなメンバーには握手会などで何回も回るという「ループ」現象が広くアイドル現場において見られることが、オタクの動物的欲望（※１） といったものを裏付けている。</p><br />
<p class="MsoFootnoteText">　だいたい、近年のアイドルは、「恋愛禁止」が掲げられている（AKB48が象徴的であった）。この恋愛禁止制度とでもいうものは、アイドルのみならずファンたちに大きく影響する。アイドルの個々のメンバーとファンが「付き合ってはならない」という当たり前のことを殊更大きく「再表象」することで、ファン＝オタクたちは精神分析用語でいうところの「去勢」をうけるかのように見える。ここに、オタクたちのアイドル現場での様態が分極化するのである。ひとつは、去勢されたことで、生々しい性の空間を離脱し「マイルド」な恋とでもいった状態を生きること。オタクとアイドルの関係は生々しい性関係を抜きにした、純粋――？――な愛の空間を構成する。しかしもう一つには、禁止されたことでかえって抑圧された欲動を回帰させ、倍以上に噴出せしめるといったオタクからの視線――アイドルからの視線も理論上はある――が発生するのである。オタクはここに二重の視線を絡ませることになる。オタクはアイドル（メンバー）を脱性的なものして見ながら、かつ倍加された性的欲望のまなざしでも見つめるのである。</p><br />
<p class="MsoFootnoteText">　そもそも、現象としてのアイドル――それはアイドル、ファン、そして運営といったアクターから成り立つ――は極めて性的なことがらである。オタクが脱性的なものとしてしかアイドルを見ない、ということは以上の理論からしてもあり得ない。しかし、私たちは後に見るように、アイドルたちの主体化の進行を目の当たりにすることで、かえってオタクたちの（主体的）変化をも観察することになる。</p><div><p class="MsoFootnoteText"><span class="MsoFootnoteReference"><span lang="EN-US"><!--[if !supportFootnotes]--><span class="MsoFootnoteReference"><span lang="EN-US" style="font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-size: 11.0pt; font-family: 'Century','serif'; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-theme-font: minor-latin; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-bidi-theme-font: minor-bidi; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA;">[1]</span></span><!--[endif]--></span></span><span lang="EN-US"> </span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">「欲望」や「欲求」という言葉の使い方については、東浩紀の『動物化するポストモダン』最終章が参考になる。<br />
<br />
みすてぃ</span></p><br />
</div>]]></content:encoded>
    <dc:subject>アイドル</dc:subject>
    <dc:date>2015-10-26T21:22:15+09:00</dc:date>
    <dc:creator>みすてぃ／あいまい</dc:creator>
    <dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
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  <item rdf:about="http://idolphilosophia.dou-jin.com/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%AB/%E9%BD%8B%E8%97%A4%E9%A3%9B%E9%B3%A5%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6">
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    <title>齋藤飛鳥について</title>
    <description> 僕は乃木坂46のファンではあるが、渾身込めて日ごろから応援しているわけではない。しかし、乃木坂を大好きであると共に、彼女たちを象徴的・哲学的な目線でずっと考えていることに変わりはない。その点については自負がある。

　先週の「乃木坂工事中」を見ていて、メンバーの星野みなみと齋藤飛鳥が「次世代のエー...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<a target="_blank" href="//idolphilosophia.dou-jin.com/File/302452985620490917.jpg" title=""><img src="//idolphilosophia.dou-jin.com/Img/1445371222/" alt="" width="237" height="237" /></a> 僕は乃木坂46のファンではあるが、渾身込めて日ごろから応援しているわけではない。しかし、乃木坂を大好きであると共に、彼女たちを象徴的・哲学的な目線でずっと考えていることに変わりはない。その点については自負がある。<br />
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　先週の「乃木坂工事中」を見ていて、メンバーの星野みなみと齋藤飛鳥が「次世代のエース」とテロップで括られているのに思わず微笑してしまった。しかしよく考えてみたら、あながち間違いではないのかもしれない。AKB48ですら苦戦しているような世代交代だが、グループの第一線で活躍している白石麻衣、西野七瀬らと比べて補助的・サブ的なポジションで支えている星野や飛鳥といったメンバーから、なお無限の可能性を感じとることができる。<br />
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　僕は齋藤飛鳥については、『扇風機』のセンターを務めたことで強烈なイメージがある。ＰＶも楽曲も素晴らしい。それから、彼女の美貌や可愛らしさに多くのファンが前からついているのだが、さらに魅力のあるメンバーがいすぎて、「現在」の乃木坂からすると白石麻衣や生田絵梨花ほどにはスポットライトを浴びのないのだろうと何となく思っていた。彼女がアンダーや選抜後列を往ったり来たりしているのも、そういうことの現れであろうと思っていた。<br />
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　千年に一人の逸材といわれるアイドルに、福岡出身の橋本環奈がいる。彼女の活躍はすでに周知のものとなってきているが、齋藤飛鳥の風貌や雰囲気はどことなくその橋本環奈に似ていないだろうか。あまりに可愛すぎる小顔、高くない背丈、透明な瞳に、清楚な佇まい&hellip;&hellip;。僕は両者に似たものを感じる。そして、先週の乃木坂工事中を見て、僕は齋藤飛鳥が橋本環奈を超えうることを予感した。彼女はかつてこんなに輝いていただろうか&hellip;&hellip;　画面上にうつる彼女の挙動は優しく、慈悲に満ちており、メンバーへの情や礼を忘れない。若き美女は、そこまで清楚でありながら、矛盾に収まりきらないような妖艶さも同時にただよわせていたのである。僕はびっくりした。<br />
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　むろん、彼女の輝きが以前から地続きのものであることも分かっていたとは言いたくなる。彼女と星野みなみは以前、つまらぬことで週刊誌や私たちファンの心を騒がせていた過去がある。幼すぎるのだ。幼すぎる彼女たちを消費社会のただ中で踊らせることに、そもそも現代社会の狂気は刻印されている。アイドルは元来悲惨なものである。しかし、だとすれば、星野や飛鳥はその残酷な大人たちの社会に翻弄されることなく、青春の真っ只中を巧く切り抜けてきているのだ。<br />
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　僕は断言する。そう遠くないうちに、齋藤飛鳥は必ずや白石や西野といった現在の乃木坂の第一級で活躍しているタレントに、並ぶであろう。彼女について思考できることは、とりもなおさず幸せだ。<br />
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misty<br />
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    <dc:subject>アイドル</dc:subject>
    <dc:date>2015-10-21T04:48:15+09:00</dc:date>
    <dc:creator>みすてぃ／あいまい</dc:creator>
    <dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
    <dc:rights>みすてぃ／あいまい</dc:rights>
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    <title>あヴぁんだんど論への下書き</title>
    <description>
「あヴぁんだんど」という名前は「見捨てられた」＝「abandoned」に由来すると言う。一方でabandonの語源はフランス語「a」＋「bandon」（管理）＝「管理下に置く」であるという。あヴぁの楽曲群は「見捨てられ」ながらも「管理され」ているという表現がぴったり当てはまる。
&amp;amp;mdash; a...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<blockquote class="twitter-tweet" lang="ja"><br />
<p lang="ja" dir="ltr">「あヴぁんだんど」という名前は「見捨てられた」＝「abandoned」に由来すると言う。一方でabandonの語源はフランス語「a」＋「bandon」（管理）＝「管理下に置く」であるという。あヴぁの楽曲群は「見捨てられ」ながらも「管理され」ているという表現がぴったり当てはまる。</p><br />
&mdash; aimai (@aimai_fuzzy) <a href="https://twitter.com/aimai_fuzzy/status/649269300079951872">2015, 9月 30</a></blockquote><script src="//platform.twitter.com/widgets.js" type="text/javascript" charset="utf-8" async=""></script><br />
<blockquote class="twitter-tweet" lang="ja"><br />
<p lang="ja" dir="ltr">「あヴぁんだんど」は「見捨てられた」に由来する名前であるが、「ヴぁ」を抜いた「あんだんど」は「歩いていく」という意味のスペイン語となる。見捨てられた地点から１年間歩き続け、今の地点に辿り着いたその歩みに心動かされる。　<a href="https://twitter.com/hashtag/%E3%81%82%E3%83%B4%E3%81%81%E3%82%93%E3%81%A0%E3%82%93%E3%81%A9?src=hash">#あヴぁんだんど</a></p><br />
&mdash; aimai (@aimai_fuzzy) <a href="https://twitter.com/aimai_fuzzy/status/651305912385191936">2015, 10月 6</a></blockquote><script src="//platform.twitter.com/widgets.js" type="text/javascript" charset="utf-8" async=""></script><br />
<blockquote class="twitter-tweet" lang="ja"><br />
<p lang="ja" dir="ltr">あヴぁんだんど『点滅ばいばい』が作られた時点で、見捨てたもの／見捨てられたものの立場は反転していた。 しかしあヴぁんだんどは、あえて「見捨てられたものたち」の立場を選択する。「はぐれオットセイ」が作り出す音楽は、いびつで美しい。 <a href="https://twitter.com/hashtag/%E3%81%82%E3%83%B4%E3%81%81%E3%82%93%E3%81%A0%E3%82%93%E3%81%A9?src=hash">#あヴぁんだんど</a></p><br />
&mdash; aimai (@aimai_fuzzy) <a href="https://twitter.com/aimai_fuzzy/status/650309891224006656">2015, 10月 3</a></blockquote><script src="//platform.twitter.com/widgets.js" type="text/javascript" charset="utf-8" async=""></script><br />
<blockquote class="twitter-tweet" lang="ja"><br />
<p lang="ja" dir="ltr">文鳥とは何か。「文」＝「言葉」でできた鳥であり、夏目漱石が傑作『文鳥』において言葉＝美しいものの象徴として描いた鳥である。 「君のカタチをした &lt;言葉&gt;だけが またたいている」 『文鳥』における隠喩としての「文鳥」の多義性。文鳥とは言葉であり美である。 <a href="https://twitter.com/hashtag/%E3%81%82%E3%83%B4%E3%81%81%E3%82%93%E3%81%A0%E3%82%93%E3%81%A9?src=hash">#あヴぁんだんど</a></p><br />
&mdash; aimai (@aimai_fuzzy) <a href="https://twitter.com/aimai_fuzzy/status/649638737060560896">2015, 10月 1</a></blockquote><script src="//platform.twitter.com/widgets.js" type="text/javascript" charset="utf-8" async=""></script><br />
<blockquote class="twitter-tweet" lang="ja"><br />
<p lang="ja" dir="ltr">週末に恋人と会うことも、週末にアイドルのライブに通うこともFeedback Fridayなのかもしれない。ギターのFeedbackが鳴るなか歌われる金曜日のラブソング。 <a href="https://twitter.com/hashtag/%E3%81%82%E3%83%B4%E3%81%81%E3%82%93%E3%81%A0%E3%82%93%E3%81%A9?src=hash">#あヴぁんだんど</a> <a href="https://twitter.com/hashtag/FeedbackFriday?src=hash">#FeedbackFriday</a></p><br />
&mdash; aimai (@aimai_fuzzy) <a href="https://twitter.com/aimai_fuzzy/status/649449682620444673">2015, 10月 1</a></blockquote><script src="//platform.twitter.com/widgets.js" type="text/javascript" charset="utf-8" async=""></script>]]></content:encoded>
    <dc:subject>アイドル</dc:subject>
    <dc:date>2015-10-09T01:07:39+09:00</dc:date>
    <dc:creator>みすてぃ／あいまい</dc:creator>
    <dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
    <dc:rights>みすてぃ／あいまい</dc:rights>
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